自分がみんなの足を引っ張っている?
高校2年生のある日、同級生のR君が私に言いました。
「部活を、辞めたい」
私とR君は、2人とも吹奏楽部でトランペットを吹いていました。
トランペットパートの2年生は、私たち2人だけ。
私は小学生の時にトランペットを吹いていた経験がありましたが、R君は高校から楽器に挑戦した「初心者」でした。
後輩は、みんな中学校で吹奏楽部に所属し、トランペットを吹いていた経験者。
どれだけ練習しても、他のパート員との実力差はなかなか埋まらず、R君としては辛い立場だったと思います。
「僕だけ下手で、みんなに迷惑を掛けている気がするから」
R君が部活を辞めたいと言った理由は、そういうことだったのです。
自分だけが下手で、みんなの足を引っ張っている――
吹奏楽部で日々練習に励みながら、そんなふうに思っている方。
また、かつてそんな思いに囚われていた方は、多いのではないでしょうか。
そういう気持ちを抱えていると、楽しいはずの音楽も楽器演奏も、かえって苦痛になってしまうことでしょう。
そんな時、気持ちをどう切り替えれば良いか?
どういう考え方で練習に臨めば良いか?
解決法を、考えていきましょう。
「部活を辞めたい」と言ったR君に対し、私がどう答えたかについては、この記事の最後でお話しします。
今の状況を考えてみよう
あなたが「自分が下手で、みんなの足を引っ張っている」と思うのは、どうしてでしょうか。
今の部活の状況と合わせて、あなたの置かれている現状を、まずは落ち着いて振り返ってみましょう。
①練習してもなかなか上手くなれない
これは、私の同級生R君が抱えていた悩みでもあります。
自分だけが楽器初心者で、周りがみんな経験者だとすると、当然ながら経験の面でハンディキャップがあります。
そうでない場合でも「自分だけが技量的に劣っている」と感じてしまう人は少なくないでしょう。
ただ、仮にあなたの技量が他の部員より下であったとしても、それが即「みんなの足を引っ張る」ことになるとは限りません。
吹奏楽のステージで求められるのは、「絶対的な技量」ではなく「個々人の役割の達成度」です。
つまり、あなたが求められている役割を果たせているかどうか。
そうです。
あなたには、あなたの役割があります。
それをどの程度達成できているかどうか、冷静になって考えてみる必要があるのです。
純粋に「練習してもなかなか上手くなれない」「もっと上手くなりたい」と考えている方は、下記の記事もぜひ読んでみてください。
②迫る本番が不安を加速させる
コンクール本番まであと何日、定期演奏会まであと何日と、本番が迫ってくるにつれて緊迫感が高まってきます。
そうした中でふと現状を見直したとき、「果たしてこれで大丈夫なんだろうか」と不安になる方もいるでしょう。
「タテがそろっていない」「ピッチが合っていない」「音を外すことが多い」などなど、自分たちの演奏の悪い部分ばかりが目についてしまいがちになります。
そして、その目は自分自身にも向けられます。
上手く演奏できるかどうかという不安、「こんな状態で本番を迎えて大丈夫なんだろうか」という不安。
それが「自分が足を引っ張って、みんなが目標を達成できなくなるのではないか」という心配に繋がってしまう場合が考えられます。
ただ、これは本番が迫ってくると誰もが陥りやすくなる心理状況です。
「ネガティビティ・バイアス」といって、悪いところばかり気になってしまう、先入観の一種と考えられます。
よくいわれるのが、真面目に取り組んでいる人ほど、自分を責めてしまいがちだということ。
あくまで客観的な視点で自分たちの現状を見つめ直し、改善すべき点はしっかり改善していくという姿勢が大切です。
③難しいフレーズが吹けない
合奏練習では、指揮者から各パートにさまざまな指示や要求がなされます。
パート練習でも、パートリーダーからいろいろな指摘をされることでしょう。
特に、
「この曲のこの部分はちゃんと吹けるようにしておいてね」
こういった指示は多いのではないでしょうか。
16分音符が続く速い動きのフレーズは、運指が難しくなかなか初見で出来るものではありません。
まして、多人数で揃えるとなるともっと難しくなります。
他の人は出来ているのに、自分はどうしても引っかかってしまう。
そのせいで、合奏やパート練習が何度もやり直しに――そういう状況になると、どうしても「自分のせいで」と思ってしまいますよね。
難しいフレーズをマスターするには、まずゆっくりなテンポから始めてみましょう。
「少しゆっくりめ」ではなく、今のあなたが確実に吹けるテンポまで落とすのです。
そこから、少しずつ速いテンポに挑戦していきます。
そうすれば、いずれは楽譜の(あるいは指揮者の)指示通りのテンポで吹けるようになるでしょう。
テンポを落として練習するのが恥ずかしいという人もいるかもしれませんが、難しいフレーズは誰にとっても難しいのです。
焦らず、着実にこなしていきましょう。
曲の練習も大切ですが、基礎練習も決しておろそかにしてはいけません。
技量の底上げのためにも、教本などを参考に、きちんと時間をとって基礎練習に励んでください。
あなたの役割を考えてみよう
吹奏楽やオーケストラは、多くの楽器、多くの奏者が集まって一つの楽曲を演奏するものです。
演奏者全員が上手であれば、それだけで素晴らしい演奏が出来そうにも思えますが、実はそうとも限りません。
例えば、協奏曲などでソロを担当する演奏者は「ソリスト」と呼ばれます。
有名なソリストは、単独で演奏会を開催したりテレビ番組に出演したりすることも多いので、名前をよく耳にしますよね。
ソリストが素晴らしい技術を持っているのは当然なのですが、楽器を演奏する人が全員ソリストを目指さなければならないわけではありません。
吹奏楽やオーケストラの演奏者に求められるのは、「他の奏者とともに一つのアンサンブルをつくり上げる能力」なのです。
アンサンブルを形成する上で、それぞれの担当する楽器そのものに役割があります。
高らかな主旋律、豊かなハーモニーをつくる中音域、ハーモニーを支える低音域、そして全てのサウンドの土台となるリズム。
それぞれの楽器が果たすべき役割をきっちりとこなすことが、一番大切なことなのです。
そして、同じ楽器の中でも、割り振られたパートごとにまた違った役割があります。
トランペットを例にとると、ファースト、セカンド、サードと音域の異なる楽譜を渡されると思います。
大抵の場合、ファーストが音域が一番高く、サードは低いことが多いため、どうしても「高い音を出せる人=上手な人」がファーストを担当することが多いのではないでしょうか。
しかし、これらのパートは本来、決して「上手な順」に割り振られるわけではありません。
ファーストにはファーストの役割があり、セカンド、サードにもそれぞれ役割があります。
低い音だからといって適当に吹いて良いわけではなく、むしろ低音こそ重要な場合が多いのです。
仮に、全ての楽器がソリストのように自己主張をしてしまったら、アンサンブルは一瞬で崩壊します。
アンサンブルの中で、自分の楽器、自分のパートはどんな役割を果たせば良いか。
まずはそれを考え、明らかにすることです。
分からなければ、先輩や先生に思い切って聞いてみるのも良いでしょう。
自分の役割、自分の目標がはっきりしたら、あとはそれに向かって練習するだけです。
とにかく、音楽を楽しもう!
冒頭にお話しした、R君のことです。
「部活を辞めたい」と言ったR君に対して、私が掛けた言葉は
「トランペットが好きだったら、もう少し続けてみたら?」
というものでした。
R君は、入部した時に「トランペットを吹きたい」と熱烈に希望しており、念願叶ってトランペットパートの一員となった後も、毎日真面目に練習を続けていました。
楽器に対する熱意は、誰にも負けないくらい強かったのです。
だから、続けてほしかった。
「迷惑を掛けたくない」なんて理由で辞めてしまうのは、あまりにもったいないと思ったのです。
私の気持ちが通じたのかどうかは分かりませんが、R君はその後も私と一緒に吹奏楽部でトランペットを吹き続け、3年生の時にそろってコンクールに出場しました。
あの時、部活を、楽器を続ける決意をしてくれて、本当に良かったと思います。
いろいろとお話してきましたが、結局一番大事なのは「楽しむ」こと。
せっかく楽器に出会えたのですから、楽器を演奏することでしか味わえない充実感を、皆さんにも思いっきり満喫してほしいと思います。
音楽を奏でる喜びを存分に感じ、そして無理のない範囲で、楽器を続けていってくださいね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!